63
【番外編】
えぞりすクラブ
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【番外編】
えぞりすクラブ
えぞりすクラブは、札幌市西区に拠点を置く⼀般社団法⼈とも育ちの森えぞりすが運営する学童保育所。1998年に活動を開始し、2014年の法人化に伴い現在の組織形態に。民間の学童保育所は自治体が運営する児童クラブに比べて保育料がかかりますが、子どもたちのあり方を型にはめず、自由にのびのびあそべるえぞりすクラブは地域で支持され、子どもの数が増えています。入所学年や障がいの有無による制限がなく、いずれも歓迎。「えぞりすっ子」と呼ばれる子どもたちは、現場を支える熱心な指導員と共に、思い思いのあそび方で過ごします。
キラリと光る会社第63回【番外編】は、一般社団法人とも育ちの森えぞりす の代表理事で、えぞりすクラブの指導員の元秋雅勝さんにお話をお聞きしました。
—すごく賑やかですが(笑)、2026年2月現在、何人くらい通っていますか?スタッフは何名でしょう。
元秋さん:登録制で、いまは78名が登録していて常時60名が通ってきています。スタッフは正職員とパートとで10名です。
—ご自身も指導員ですね。いつからどのような経緯で?
元秋さん:加わったのは2000年です。その2〜3年前に、子どもが放課後に充実した時間を過ごせる場所が欲しいと、有志の保護者たちが立ち上げたのが、えぞりすクラブの前身の活動でした。ここに関わる以前の自分は、ベトナムで、ストリートチルドレンの自立を支援する日本のNGOの職員で、2年ほど現地に駐在しました。帰国後、このNGOをサポートするグループの方から声をかけられて、お手伝いしてみたのが指導員になったきっかけです。声をかけてくれた方も指導員だったんですね。あのとき誘ってもらったのが、まさに転機になりました。
—やってみて、やりがいを感じたんですね。
元秋さん:はい、すごくおもしろかったんです。それで、空きができたときに正式に入れてもらいました。
—もう、25年以上になりますね。その間の変化にはどのようなものがありますか。
元秋さん:まず、自分が成長しましたね(笑)。もともと教育や福祉の専門的なバックグラウンドがあったわけではないので、やりながら見つけようとしてきたところが大きいです。(国連で採択された)子どもの権利条約を下敷きにしようとか。えぞりすクラブも2000年当時は20人くらいと、いまよりずっと小規模だったので、これも大きな変化ですね。人数が増えると、チーム分けしてのあそびなんかが盛り上がりやすくなる反面、主体とならずに「あそんでもらう」お客さん的な子も出てきます。
—ほかに、個々の子どもたちに感じる変化はありますか。
元秋さん:自己主張が苦手になってきている傾向は感じます。あと、打たれ弱くなってきてるかなぁ。
—以前とは、接し方も変えるようになりましたか?
元秋さん:時代や社会的な環境もですし、いろんな変化はあるにしろ、そもそもが確たる答えのない仕事ですから、手探りの部分は常にあって。いまも指導員同士いつも話し合って、接し方を含めて試行錯誤しながらですね。
—バックグラウンドは異なるとのことでしたが、ベトナムでも子どもに関わっていらっしゃるし、子どもは好きだった。
元秋さん:好きでした。学校の先生になりたいと思ったころもあったんですけど、自分には、学校よりも関わり方の自由度が高いこの仕事が向いていたと思います。
—いまではもう、ベテラン指導員と言えると思いますが、先ほどおっしゃった、「やりながら見つけてきた」えぞりすクラブのやり方とは、どんなものですか。
元秋さん:こっちが先手を取らないこと、ですかね。教えてあげたり、直してあげたりはあるんですよ。でも、我々はうしろに控えて、まずはやらせてあげます。子ども主導だと、発想とか、「やってみよう」というエネルギーって、こんなにもかと驚かされるくらい発揮されるんです。本当にすごいんですよ。家庭が、学校が、もっと言うと世の中の風潮が、いかにそれを妨げているか、です。ここでは大人による干渉を取り払って、子どもがやるのを待ってあげるんです。大人は「責任持つからやってごらん」という姿勢でいる。
—それが、えぞりすクラブ、なのですね。
元秋さん:そう思います。実際に、「とにかくあそべ、すべてをあそびにしてしまえ!」というのが、えぞりすクラブの方針といえば方針ですね。学童保育も、いわゆる生活マナーや社会性を身につけることを掲げていたり、勉強も、というところもあるし、良し悪しの問題ではなく、いろいろです。そんな中、えぞりすクラブは、あそびがすべてという考えを貫いてます。おやつの調理も、掃除も、全部あそび。地域をあそべ!と。こだわっているのは、アナログの、生身の体験です。
—社会性の言葉が出ました。えぞりすクラブとしては「社会性をつけるために」からは入らないけど、その徹底した“あそび”の中で、自然と身につくものがあるのではないですか?
元秋さん:ほんとそうなんです。学校とは少し違う横のつながりもですが、顕著なのが縦のつながり。低学年からずっと見ていると、みんな最初は自分がおもしろいことだけをやってるし、はちゃめちゃだったりわがままだったり、すぐケンカするしで(笑)。そんな子たちが上級生になっていく過程で、次第に下の子を見る目をやさしくしていくんですよね。「自分もあぁだったな」って、下級生を受け止めて、それが振る舞いにも表れてきます。例えばサッカーで一番のハイライト、シュートのところは下の子にさせるようにアシストにまわったり。
—あぁ、いますごくいい場面が、頭の中で再生されました。そういうのが、子どもたちの社会の中で連鎖していく。
元秋さん:そうそう。だからここは、そんな場面にあふれてるんですよ。
—子どもたちも、指導員の皆さんも、思い出だらけでしょうね。
元秋さん:思い出だらけです。
3時台は、お楽しみのおやつの時間。えぞりすクラブは手作りで、この日はさつまいもなどの天ぷら。揚げたてほくほく!みんなでわいわい!
札幌は、例年より多い雪。子どもたちは雪まみれ!
—保護者の方々とのコミュニケーションについてはどうでしょう。
元秋さん:取れていると思っています。年10回の保護者会に加えて、学年ごとの懇談会も、年に2回実施しています。個別にやり取りするためのノートもあって、それぞれの家庭の考え方を、できるだけ把握するようにしています。
—そういうのも全部…。質的にも量的にもかなり大変なお仕事ですね。手痛い失敗はありますか。
元秋さん:むしろ失敗だらけですね(笑)。さじ加減間違えたとか、余計なことしたり言ったりして傷つけちゃったとか。カリキュラムありきの仕事じゃない分、失敗は数限りなく。落ち込んで、しんどいときはありますけど、それでもやっぱり、関わり続けて良かったと思えるんですよね。
—それもとても、アナログの、生身の体験ですね。ただ、世の中、切実に必要とされている、特に人をケアするような仕事に限って、経済的に成り立たせるのが大変だという矛盾がありますよね。
元秋さん:本当にそう思います!こんな大事な仕事をしてるんだから、給料10倍でもいいと思うくらい(笑)。自分の場合は、ライフスタイル的にこれでOKというタイプではあるんですけど、ほかのスタッフにしても、気持ちでやっている部分が大きいんですよね。そこに甘えているという意識は常にあります。このままで良いとは思っていません。存続させていく上で、特にこの先、現実的な職業の選択肢になりうるのかという課題意識があります。
—子育て支援のど真ん中に存在する、まさに公に資するお仕事なので、公的な支援※も手厚くしてほしいです。でも本当に、このお仕事が好きなんですね。
元秋さん:これより楽しい仕事があるのか、と思うくらいですね。それでも実は、10年くらい前までは、えぞりすクラブか、貧困や紛争下にある国での活動か、迷ってたんです。以前の、ベトナムでの経験もありましたから。自分にできることと考え合わせると、こちらがよりいいだろうと結論づけて、続けているのが直近の10年です。
—そうやって、すごく意志的に選んでいるからでしょうか、仕事と、人生というか、生きることとの隔たりがあまり感じられません。
元秋さん:そうですね。指導員を「天職」と言っていた時期もあったんですよ。いまは、すごく向いてるところもあるけど、足りてないところもいっぱいあると、以前に増して自覚するようになって、「天職」の表現はあまりしっくりこなくなりました。ほかの仲間の力の大きさをひしひしと感じています。それぞれに強みが違う人間がそろっているのが、子どもにとってもいいんですよね。
※学童保育所は一般に、自治体などからの公的助成金と保護者からの保育料を運営資金としている。えぞりすクラブも札幌市の助成金と保育料で運営されている。
大勢で外を駆け回る子もいれば、室内で少人数でおしゃべりしたり、本を読んだりする子も。みんなであそぶも、ひとりであそぶも、もちろん自由。
「取材受ける人!」の呼びかけに応えてくれた6年生のりんりん。学校では生徒会長というりんりん曰く「えぞりすは楽しくて、第二の家」。大勢での外あそび、冬は雪合戦が大好き。「マッチ(元秋さん)は熱心で、やるときはやる人」と、大人の回答!
—強みというのも本当にさまざまで、社会で評価されにくかったり顕在化されていないようなことの中にも、実はすごく大事なものもありますよね。
元秋さん:いや、それはすごく思います。子どもたちにしても、勉強やスポーツ、それに容姿ですか?一般に、褒められるにわかりやすいポイントってあるじゃないですか。でもぜんぜん、それだけであるはずもない。そういう基準にとらわれない自己肯定感を持ってもらいたいという思いが強いです。
—身近にそういう価値観の大人がいるって、えぞりすっ子がうらやましいです。
元秋さん:手前味噌なのかな?スタッフは、これはもう、素晴らしいんですよ。熱意も能力も、みんなすごい。みんな尊敬できる仲間です。卒所生という呼び方をするのですが、小学生のときにここに通っていた指導員もいるんですよ。指導員にならないまでも、中学、高校、大学生になってもあそびに来てくれる子らがいます。話しやすいのか、失恋のことまで聞かせてくれたりして(笑)。指導員が喜ぶから来てくれるというのもあるんでしょうけど、それもまた嬉しいじゃないですか。
—四半世紀、そういう場を、つくってこられたんですね。
元秋さん:自分なんかもう、過去を振り返ると、独りよがりで根拠のない自信だけあったクチなんですけどね。それだけに、ここで、人がさまざまであることの良さに真に気づかされたことは、財産ですよね。それに、人とのつながりの強さ、思い合う関係性。そういったことの大切さを、子どもたちの姿を見ていると、信じられるんです。
大病を患い、2024年には大きな手術と入院を経験。その間も、復帰後も、スタッフはもちろん子どもたちに「気にかけてもらっている。励まされた」と笑顔で。
指導員高瀨永吾さん
1986年生まれ、自身も札幌市内の別の学童保育所育ちという高瀨さん。大学で社会福祉を学び、介護の道に進むつもりが思うところあり、障がい児施設などを検討するように。そのころ出会った元秋さんに誘われたことをきっかけに、えぞりすクラブにたどり着きます。「自分が育ったとこ(学童保育所)と同じ匂いを感じて」やってみようと思ったそう。「こんなにしゃべれる人間じゃなかった」とテレ笑いしながら、元秋さんの影響で、「伝わらなくても伝えようとするようになった」と教えてくれました。元秋さんが「全員が自慢で、とてもしぼれない」という中でここに出てくれた高瀨さんは、気持ちが伝わる言葉で、真摯にお話しされる方でした。
自分が通っていた学童保育所は、障がいのある子もない子も、ラーメン屋さんを改装した場所に60人くらいがぎゅうぎゅうで、当時行くのがイヤでした。運営側の人たちがどれだけ考えて、見守ってくれていたかに気づいたのは6年生のときです。親がお金をかけて通わせてくれた理由も理解して、もっと行っておくんだったと後悔しました。卒業後はなにかにつけて顔を出すようになって、特に高校時代は学校が合わなくてサボりがちだったので、居場所でしたね。大人になって恩返ししたいと思ったとき、寄付する大きなお金はないけど、自分自身をマンパワーにすることはできると思ったんです。人が足りないのを知っていたので。お世話になったのとは違う学童保育所で働くことに躊躇があった自分の背中を押してくれたのも、長年そこで指導員をしている人でした。感謝しています。元秋さんは、すごく人を惹きつける魅力のある人で、こんなに違うのかとなにより思ったのは、言葉で伝える力です。海外経験も手伝ってのことなのか、子ども主体、子ども目線のニュアンスの部分まで、感覚を言葉にできるんです。まるで正反対だった自分も、言葉で表現することの大切さを学んで、努めて試みるようになりました。子どもたちと接すのは楽しいです。一緒にあそびながら、一緒に学んでる意識がいつもあります。
えぞりすクラブのWebサイトには、「障がいがあるお子さんも」と強調されています。入所は無理だろうとか、迷惑だろうとか、保護者の側が先んじて考えがちなのを防ぎたいからだそうです。なるほどなぁ。えぞりすっ子たちを見て私は、「子どもってこんなに炸裂してたっけ(笑)」と思いました。最高でした。子育て経験はありませんが、自分の子ども時代に重ねて、心からうらやましくなりました。私は、みんなで一緒に、みんなで同じことをするのが得意でない子だったと思います。受け入れられ、好かれるための技術を探した時期もありました。子どもならではの、自力では変え難い小さな社会が生きづらかったあのころ、「大丈夫。好きにしていいんだよ」と言ってくれる大人に出会えていたら、どんなに自分を解放できたか。救われたか。負担の重い税金も、だから私は、このような場と人たちに使われるならば、喜んで払いたいです。(2026年2月取材)